「美しい、美しくない」というのは技術を知らないほうがいい

 22,2015 00:00
アトキンソン

現在日光東照宮陽明門の修復にあたる小西美術工藝社社長デービッド・アトキンソンさんの言葉。
彼はイギリス人でありしかも元ゴールドマンサックス社の一流金融アナリスト。
彼が率いるのはわが国の文化財修復専門の職人達を擁する最大手の会社。
修復の中間チェックで職人が行った仕事に矢継ぎ早にダメだしをしているのをインタビュアーが見て
「それだけ指摘されるのはものすごく技術について勉強されたのですか?」という問いにこたえて。

「美しい、美しくない」というのは技術を知らないほうがいい。
(5月21日放送テレビ東京系カンブリア宮殿より)

なるほど、やっぱそうだよなと。

我々が料理屋さんに行って出された料理をどう思うか、それも同じ事だと思う。

こちらは(プロとしての)料理をする方ではないから、調理技術なんてなまじ知らない方がいい。
だからこそ純粋に「美味い、美味しくない」と判断できると思う。
時々店(提供する)側から「あいつは素人のくせに何が分かる」という人いるようですが
そんな事言うのは大体が三流の料理人。出てくるものも大した事ないのがお決まり。

逆に料理人でもないのにやたらと素材や調理法の解説を交えないと、出されたものを評価できない
(したがらない)人もいてます。
その方がとりあえず説明しやすいし、説明された相手も納得しやすいからか、
あるいは自分の感覚に自信を持てない現れなのか。

結論として大事なのはあくまで自分の感覚、主観。それも余計な雑音、情報を排除した感覚。
そしてその感覚は自ら意識することで磨かれてしかるべし。

これは「このスープはこれとあれとそれを使って・・・」などと分析するのとは真逆。
全体的なバランスや調和を判断できるだけの経験の方がずっと重要。
よくいる○○オタクなどは論外。要素を個別分析して(出来て)喜んでいる間は子供。
一つのジャンルに特化するのは楽だしモノによっては経済的負担が少ないからか、
嬉々としてマニアぶりを自慢しあう、またはご丁寧に自らそう称する人もいるけど、
19や20歳でラーメンばっかり食べあるく若造ならまだしも、
いい年した大人(オッサン、オバハン)がそれだと滑稽、見ていて寒い。

やっぱり一流と呼ばれるもの、またはそうでないものも広く多く知る(食べる)事しかないんだろうなと。
もちろん同じジャンルの店を1店しか行った事のない人と10店行った人は違います。
でも100店行った人と200店行った人の差がその数だけあるかというとそれは疑問。
ただ金と暇に飽かせて漫然と訪問店を増やすのではなく、
頂いたものやその時の状況をちゃんと自分の記憶にとどめておくこと。
これが大事なんだろうなと思ふわけです。
 

Comment 2

2015.05.22
Fri
09:35

通行人 #-

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同感です。

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2015.05.27
Wed
04:32

わっち #-

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No title

○○ブロガーとか称するために数こなさなければという強迫観念にかられているような気が
 個人的にはお気にのお店で常連に というブログのほうが好きです。

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